真由、荷造りをしている。部屋の中央にダンボール。そこへ圭介が帰宅する。
圭介
ただいま
真由
え?あっ・・・お帰り、なさい
圭介
今日のチラシ、配布エリアが近くだったからさ、抜け出して昼飯食いに帰ってきちゃった。なんか食いもんある?
真由、慌てる。圭介、ダンボールに気づく。
圭介
え?真由、何やってんの?
真由
・・・
圭介
・・・
真由
圭介。突然なんだけど、東京を離れることにしました。東京を離れて、他所の町で暮らすことにしました
圭介
東京離れる?他所の町ってなんだよ
真由
・・・
圭介
あー実家?田舎に帰るってことか?あれ?真由の田舎ってどこだ?聞いたことあったけ、俺
真由
フフ、そうだね、そんな話し、二人でしたことないもんね
圭介
ごめん
真由
ううん、謝ることないわ
圭介
で、何だよ、どうしたんだよ?そうか、田舎でなんかあったんだな、身内の不幸とか、そういうこと?だったらまたすぐ戻って来れるんだろ?あー、なんか俺に出来ることある?
真由
圭介
圭介
・・・
真由
田舎に帰るわけでも、身内の不幸でもないの
圭介
え?
真由
あのね、ちょっと事情があって、北海道の、様似町という土地で暮らすことにしました。東京での生活は、これで終わり。戻って来ることは、たぶんないと思います
圭介
ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ。どうしたんだよ?え?何?じゃあ俺達、これでお別れってこと?
真由
ごめんなさい、本当に急で
圭介
いやいやいやいやいや、そういうことじゃなくて。・・・何?真由はそれでいいの?だいたい俺が今、たまたま仕事抜け出して来たからこうして話が出来てるけど、いつも通りの時間に帰って来てたら、会えてもいなかったんだよね?
真由
・・・
圭介
まさか、そうするつもりだったの?
真由
そうするって?
圭介
だから事情も話さず、黙って出て行くつもりだったの?俺が帰って来たら、この部屋から突然真由が消えてて、それっきり俺達は終わってたの?
真由
もちろん、電話とかメールとか、するつもりでいたわよ、あとで、落ち着いてから
圭介
メール?落ち着いてからって、そん時真由はもうここにいないんだよね!?
真由
ごめんなさい
圭介
いや・・・。・・・。えっ?なんで?なんか頭ン中が混乱しちゃうよ
真由
・・・
圭介
・・・
重い空気
圭介
・・・真由、どうしたの?一体、何があったの?
真由
・・・
圭介
ああっ!
真由、圭介を見る。
圭介
ひょっとして・・・男?
真由、申し訳なさそうにうなずく。
圭介
前に付き合ってたって言う、例の?
真由、再びうなずく。
圭介
歌舞伎町のホストクラブ、ブラックバードの
真由
・・・そう
圭介
ナンバー4か、ナンバー5ホスト
真由
ナンバー4よ。6人しかいないけど
圭介
ハイジだ
真由
レイジよ。・・・本名は、三郎って言うんだけど
圭介
・・・ダサ
真由
電話があったの。今日、突然。別れてから、はじめて
圭介
それであっさりヨリが戻ったとでもいうわけ?なんで?酷い目にあったんでしょ?さんざん金使わされて、いいように振り回されて、好きなだけ浮気されて、不愉快な想い出ばっかだったんでしょ?そう言ってたじゃん!
真由
そうなんだけどね
圭介
で、電話で彼はなんて?
真由
ホストは辞めたって。東京を離れて、漁師をやってるって言ったわ
圭介
漁師?
真由
漁師というか、採ってるのは、昆布らしいんだけど
圭介
・・・、・・・ダサ
真由
小さな家を借りて、一人で暮らしてるって言った。真面目に働いてるって。・・・これからもずっと、こんなふうに働きながら、世間並みに暮らして行きたいって
圭介
で?真由にそこへ来てくれって言うわけ?
真由
そう。・・・それが北海道の様似町というところらしいの。札幌から電車で6時間位かかる町なんだって
圭介
・・・
真由
私は彼のその話しを聞いて、・・・
圭介
・・・
真由
行くことにした。・・・そう決めたのは、ほんとうに今日、ついさっき
圭介
・・・
真由
・・・
圭介
そうですか・・・。そこまでは、わかりました。それで?
真由
それで、全部です
圭介
や、だから俺は!?俺とのことはその全部の中に入ってないの?俺たち半年も一緒にこうして暮らして来たんだよね?
真由
うん
圭介
え?俺のこと、もしかして好きでも何でもなかったりした?
真由
そんな・・・
圭介
だったら!
真由
・・・
圭介
だったら、なんかこう、いろいろ思うでしょう、普通
真由
・・・
圭介
昔惚れてた男に言い寄られて、真由の気持ちがグラついたっていうのもわかんなくはないけど、何か相談してくれるとか、お互い話し合うとか、一緒に考えるとかさ。何で一人で決めて、なんで俺だけ一人にして出て行けるわけ?
真由
・・・そうだね
圭介
・・・
圭介、目の前のダンボールを思い切り蹴る。そして長く重たい沈黙。
真由
圭介
圭介
・・・
真由
気持ちがグラついたわけじゃないの
圭介
は?
真由
その逆なの
圭介
逆って?
真由
レイジから電話があって、漁師になった、北海道で暮らしている、真由もこっちに来てくれって言われた時、ああ、東京の暮らしはこれで終わりだって、そうはっきりわかったの。そして私はレイジのいるその町に行こう、そこで暮らそうって、そう決めたの。何の迷いもなく、一瞬で。・・・気持ちは、ぐらつかなかったの。心のどこかに、ストーンと綺麗に収まったの。だから即決だった。圭介のことはその時、なんにも考えなかった。圭介とのことをどうしようとか、圭介になんて説明したらいいんだろうとか、正直、これっぽっちも心を横切らなかった。
圭介
本人を目の前にしてよく言うね
真由
それが私の中に、もともとあった答えだったのね、きっと
圭介、真由の胸ぐらをつかむ。殴りそうになるが思い留まり、突き放す。
圭介
ふーん
再び長く重たい沈黙。
真由
私はね、施設で育ったの
圭介
・・・。え?
真由
生まれた時に父はいなくて、母の育児放棄が理由で保護されたの。そこには、似たような境遇の子が、他にも沢山いたわ。でもね、みんな必ず、いつかは誰かが引き取りに来たの。母親か、父親か、親族にあたるという誰かが。・・・私だけが、施設の中で中学を卒業したの。職員さんたちは私を高校に行かせてくれようとしたけど、私は断って東京に出てきた
圭介
・・・
真由
レイジも同じなの。別の町の別の施設で、やっぱり誰も引き取りに来てくれないまま施設の中で中学を卒業したの。そして東京に出てきた。私たちは、そんな中で出会ったの
圭介
だからって、
真由
・・・
圭介
付き合っても上手くいかなかったんだろ?
真由
うん、上手くいかなかった。お互い同じように心がねじれてるからだと思うの。大切なのに、傷つけてしまう、みたいな、いつもそんな感じだった。でも今、離れちゃいけない相手が誰なのかは、わかるの。理屈じゃなくて、直感で
圭介
・・・。直感ねえ
真由
そう、直感。全部捨てて、何かを一つだけ選ばなきゃいけないんだとしたら、やっぱり私は圭介じゃなくて・・・
圭介
そういうことみたいだな
真由
ごめんなさい
圭介
・・・。いいよ、謝んなよ
真由
・・・
圭介
こんだけスッパリふられりゃ、気分がいいさ
二人、言葉に詰まる
真由
あのね
圭介
ん?
真由
施設にいて、誰も迎えに来てくれなかった時も、ホストだったレイジと付き合って、いいように振り回されていた時も、それから、彼と別れた時も、そのあとしばらく一人ぼっちでいた時も、私はね、ぜんぜん淋しくなんかなかったの
圭介
は?
真由
でも圭介と出会って、圭介と付き合うようになってからは、もっと淋しくなかった
圭介
何の話だよ!?
真由
だけど圭介
圭介
・・・
真由
今はなんだか淋しいわ。そんなふうには見えないと思うけど
二人、言葉に詰まる
圭介
いいよ、わかったよ、慰めてくれてんだろう、大丈夫だよ俺は
真由、圭介を見る。圭介、そのまなざしに気づく。
圭介
心配すんなって。これ、何だよ?荷物か?あとで送ればいいのか?
圭介、ダンボールの中を覗く。
真由
うん、伝票は書いておいた。ここに送って
真由、用意してあった伝票を差し出す。圭介、差し出された伝票を見つめる。
圭介
手際がいいな
圭介、伝票を手に取る。
圭介
北海道様似郡様似町、・・・なんか大自然って感じの住所だな。・・・真由
真由
何?
圭介
熊には気をつけろよ
真由
・・・。フフフ
圭介
三丁目の1の1の・・・何、この、ヨモギよねこって
真由
え?ああ、私の名前
圭介
真由、本名、綾瀬真由じゃなくて、よもぎよねこっていうの?
真由
う、うん。なんか、ダサいでしょう?
圭介
いや、す、素敵な名前だね
真由
またっ
圭介
・・・。あっそうだ、真由
真由
・・・
圭介
これ
圭介、お金の入った壜を持って来る。
真由
ああ、それはいいよ、置いてく
圭介
いいよ、持ってけよ。出て行く女にこんなもん置いていかれたら、こっちが惨めだよ
真由
そんなこと言わないで。これは圭介の歌に一点張りするために貯めたお金なんだから。ちゃんと博打に使って
圭介
答えが出るまで
真由
・・・
圭介
最後の最後まで。・・・とことん付き合ってくれるんじゃなかったのかよ?
真由
・・・。その最後が突然訪れただけよ。私は私なりに、とことん圭介と付き合ったわ。博打の結果と、夢の答えまでは、見届けられなかったけどね
圭介
・・・
真由
圭介、たぶんこれ、あと10万円くらいよ。それくらいなら、圭介一人でも貯められるわ
圭介
10万円か・・・チラシ、あと、何枚配ればいいんんだよ
真由
何枚配ればいいか知らないけど、一枚配る毎に、一歩ずつ近づいてくことだけは確かよ
圭介
相変わらず、男前なこと言うね
真由
頑張ってね
真由、壜を圭介に渡す。圭介、渡された壜を見つめる。
圭介
・・・
真由
圭介、ありがとう
圭介
・・・
真由
こんなこと、こんなタイミングで言うのは、ずるいってわかってるんだけど
圭介
・・・
真由
好きよ。・・・とっても好き
圭介
・・・どんな顔して聞いたらいいんだよ
音楽&暗転
第2場面 おわり